先日、こんなエントリーが話題になった。
新専門医制度により、内科で働く選択肢がなくなった女医さんの話だ。
日本の医療界が専門医制度の改変に揺れている。
今回は医学生目線で専門医制度改革について語ろうと思う。
↓医療崩壊について詳しく解説した記事はこちら
そもそも専門医制度って何?
専門医とは「5年間以上の専門研修を受け、資格審査ならびに試験に合格して、学会等によって認定された医師」のこと。
つまり医師が特定の分野で専門性を持っていることを示す。
医師の世界では専門医を取ったら一人前という風潮があり、専門医をとるまでは大学にいて取った後は開業したり民間の病院に転職したりするといった人が多い。
「専門医」とはある種のゴールであり箔付けでもあるのだ。
1962年に日本麻酔学会が「麻酔指導医制度」を導入してから、各専門医制度ができた。
従来までは各学会が独自の基準で専門医の基準を定めていた。
内科学会が内科専門医を、外科学会が外科専門医を、産婦人科学会が産婦人科専門医を認定するというように各学会によって専門医の認定の仕組みも方法も異なっていた。
しかし基準がバラバラでは専門医の質が担保されないし、患者側の専門医に対する理解が進んでるとも言えないので、この基準を統一しようという動きが厚生労働省から出た。
日本医師会、日本医学会、全国医学部長病院長会議などから成る中立的な第三者機関 「日本専門医機構」が、基準を統一し専門医の質の向上を図ろうというのが新専門医制度の目的であった。
何が起きてるの?
問題となる改革は以下の3つである
・各学会が基準を決めるのではなく、日本専門医機構が専門医の基準を決める
・基本領域とサブスペシャルティ領域の二段階制
・専門医の養成を行うのは病院単体ではなく、大学病院等の基幹病院と地域の協力病院 等(診療所を含む)が病院群を構成して実施する
・各学会が勝手に基準を決めるのではなく、日本専門医機構が専門医の基準を決める
新専門医制度では学会ごとに専門医の基準を決めるのではなく、日本専門医機構が専門医の基準を決めるようになった。
そのため現場にいないお上がすべて決めてしまうという中央集権的な制度になってしまった。
そのために出産したい女性のキャリアがないがしろにされるような事例も出てきている。
幅広い疾患(common disease)を見れる診療科と鳴り物入りで出てきた新しい診療科、「総合診療医」も1年間の僻地勤務を義務化したことからさほど志望者も伸びなかった。
専門医を餌に若手医師に僻地勤務を押し付ける専門医機構のために、総合診療医の志望者が伸びないことは誠に残念な結果になったといえる。
・基本領域とサブスペシャルティ領域の二段階制
内科の専門医制度を破壊したと悪名高い、この二段階制。
従来は初期研修の後1年間で内科認定医を取得し、その後サブスペシャリティーの専門医を取得できた。
しかし新制度では、初期研修終了後の3年間で内科専門医を取得し、その後サブスペシャリティーの専門医資格を得る。
現役ストレートでもサブスペシャリティーの専門医を取れるのが30以降になり、出産という大事なイベントがある女医にとって厳しい制度となった。
その結果1人前になるのが他科比べて遅れるので、内科志望者が激減した。
多くの若手医師がマイナー科を選択し始めたのだ。
・専門医の養成を行うのは病院単体ではなく、大学病院等の基幹病院と地域の協力病院 等(診療所を含む)が病院群を構成して実施する
これが最も改悪のひどい制度と言える。
2004年の初期研修の義務化とローテート化、マッチング制度の導入により、大学医局の権力が著しく低下したのは記憶に新しい。
初期研修を大学病院でやる人が激減し、後期以降も入局しない人が増えたからだ。
ネットの発達も合わさって医局に頼らなくても自分で就職先を見つけることができるようになったこともあり、入局者は徐々に減っていった。
そのため大学教授を目指す人も減り、医局崩壊の危機かと思われた。
しかし教授陣は虎視眈々と王政復古を狙っていたのだ。
新専門医制度では病院単体から基幹病院への回帰を図っている。これはつまり専門医を餌にして、大学病院をヒエラルキートップとした従来の構造に戻そうということだ。
専門医が市中病院で取れずに大学病院を始めとする基幹病院でしか取れないとなると、医師たちは専門医取得のため泣く泣く基幹病院の勤務を余儀なくされる。
専門医取得のために大学病院の医局に入局するのが必須となり、大学医局が再び力を持ち出すのだ。
またそのような基幹病院があるのは都市部に限られるために医師の偏在がより進んでしまう。
実際に、新専門医制度では東京への一極集中が進んだ。
医師の偏在を直すつもりが、医師の偏在を助長したというのだから皮肉だ。
内科は、希望者が集中した東京が520名に対して、高知県5人、宮崎県9人、福井県11人、島根県12人、この人数で一体どうやって医療システムを継続させていくのだろう。
外科を見てみよう。高知県・山梨県・群馬県は、外科の希望者全県でたった1人である。宮崎県・島根県・福井県・奈良県も各2人ずつしかいない。
小児科に至っては、希望者数0の件が2県(徳島県・佐賀県)、岩手県・山形県 富山県・山梨県も希望者が1人しかしない。
産婦人科もたった1人しか希望者がいない県が、7県もある(岩手県・福井県・鳥取県・徳島県・香川県・大分県・宮崎県)
https://hpcase.jp/mric_new-specialist03/
さらに新専門医制度はなんと、地域別の専門医の定員を設定している。
これがまかり通ると、医師が自分の好きな地域で働くことすら叶わなくなってしまうかもしれない。
麻酔科医に影響が出た例
内科医の専門医制度が改悪されたという点について述べだが、麻酔科医においても専門医制度が改悪されようとしている。
先日、麻酔科医学会から次のような通達が出た。
専門医機構と日本麻酔科学会によって、2019年度から麻酔科専門医は「単一の施設に週三日以上勤務」が、必須になるそうです
— clonidine (@clonidine25) July 10, 2018
やれやれ pic.twitter.com/5uzpz6VYBJ
麻酔科専門医は2019年から「単一の施設に週三日以上勤務」が必須になるとのこと。
先程から述べているように、専門医制度は現場にいないお上のお偉いさんが自分たちの権力を取り戻そうとしている運動に他ならない。
麻酔科医は独特な科で、科の特性上から特定の病院に勤務しなくてもフリーランスとして様々な病院を非常勤で務めるという働き方ができた科であった。
しかし大学医局に所属せずに、フリーランスでやっているような医師は大学医局の人たちにとって好ましくない存在なのだ。
そのため、「単一の施設に週三日以上勤務」という常勤勤務を必須とする項目を設けることでフリーランスの麻酔科医を一掃しようとしているのだろう。
さらなる改悪
さらなる懸念もある。
これまでの学会主導のシステムなら、専門医のシステムを決めるのは現場を理解しているその分野の医師であった。
しかし、専門医機構によって一部のお偉いさんの間で話が決まるようになったらどうなるか?結果は目に見えている。
机上の空論で、若手医師にしわ寄せがいくことは想像に難くない。
さらに天下りなどよって、製薬会社や厚生労働省の役人が専門医機構に入ってくるようになる。
そうするとどうなるか?
医療費を抑制したい厚生労働省と、若手医師を格安で使いたいお偉いさんの意向が合致しさらなる若手医師の労働環境が改悪されうるのだ。
終わりに
当初掲げられていた「専門医の質を高める」という目的は完全に忘れ去られ、大学病院、市民病院、医局の泥沼の権力闘争の図すら呈してきた新専門医制度。
制度改悪で被害を被るのは常に若者(=弱者)だ。
いや若手医師だけではない、日本国民全員が医療に何らかの形で関わっているのだから。