暇な医者の戯言

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「私が医療崩壊のトリガーになる未来」の感想と医療崩壊について解説する

最近、こんなエントリーが話題になった。

anond.hatelabo.jp

女医という職業の苦悩、ワークライフバランスの取りずらさ、タイムリーな話題ということもあって反響を呼んだ。

 

思うことがあったので、書こうと思う。

 

医療崩壊

さて、昨今話題になっているワード、医療崩壊。

医療崩壊(いりょうほうかい)とは、「医療安全に対する過度な社会的要求や医療費抑制政策などを背景とした、医師の士気の低下、病院経営の悪化などにより、安定的・継続的な医療提供体制が成り立たなくなる」

要するに医師不足と激務で医者のモチベーションが低下し、医療が崩壊してしまうということである。

しかし実際には量的問題としての医師不足が問題なのではなく、医師の偏在、診療科の偏在が問題なのだ。

 

なぜこのような事が起こるのか?

以下解説していこう。

 

女医率の増加

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「私が医療崩壊のトリガーになる未来」にも書いてあるとおり、昨今は女の医学生の割合が増加している。

現在は医学部の入学定員の30%が女子とのことだ。

多いところでは定員の5割ほどが女子のところもあるらしい。

 

昔が15%程度だったことを考えるといかに増加しているかがわかるだろう。

 

終身雇用の神話が崩壊した今、資格物の職業として医療系の職種が注目されだしている。資格の職業の場合は出産や子育てを終えた後も、仕事に復帰しやすいからだ。

さらに最近では学力一本の入試は減り、徐々にAOや推薦入試といった制度が広がり始めている。

一般論として女子は真面目なので評定を取ってくる。

そのため、推薦入試や地域枠入試といった評定や面接を重視するような入試形態を取ると、女子医学生の割合が増えてくる。

 

なぜ暗記ばかりの医学部に数学や物理が要求されるのか?

その答えは女子比率を下げるためだと言う話を聞いたことがある。

試験科目を英語や国語、生物重視にすると女子が受かりやすくなるからだ。

 

しかし、昨今のポリティカル・コレクトネス、男女平等、女性の社会進出促進などの影響により、医学部もそれまでの男社会を変えなければいけなくなってきた。

 

男女平等というが、男女は同じではない。

女性は男性と異なり、出産というイベントを行わなければならないからだ。

 

生物的に相違点があるから、役割分担するのも一定の合理性があると考えられるが、昨今のポリティカルコレクトネスはそれを許さない。

こうして男社会の医者界に徐々に女性が入っていくことになる。

 

女医のキャリアパス

さて新専門医制度になり、内科専門医は最短で29才からの取得しかできないし(取得には29から更に数年かかる)、外科も専門医取得までは10年の下積み期間が要求される。

更に外科を始めとした一部の体育会系の診療科では女医を敬遠する傾向すら呈しているのだ。

 

このような状況下の中、出産や子育てを含めた自分のライフワークバランスを重視する女医(男性医師も)が求め出したのは何か?

マイナー科である。マイナー科とは内科外科以外の科を指し、皮膚科、耳鼻科、眼科、などを指す。

マイナー科は急変患者が少なかったり、外来のみで対応する場合もあるため比較的医師のQOL(生活の質)が高い。

 

24時間オンコールといった勤務体系では、出産や子育てといったことをしなければいけない女医の働き方とは到底マッチできないのだ。

 

後述する専門医改悪によって、内科医の専門医取得時間が著しく伸びたためより一層マイナー科に流れる医師は増えた。

 

日本医療の矛盾

日本は自由診療のアメリカと異なり、社会主義的な医療政策をとっている。

労働時間と年収が直結するわけではないのだ。

すなわち、激務な科とある程度ゆとりのある科でそこまで年収の差がない

さらに診療科選びは個人の自由に一任されているのである。そのため、ワークライフバランスを重視する医師はマイナー科に行くことになった。

 

 

訴訟リスク

さらに医療崩壊を促進したのは、訴訟リスクである。

大野病院事件というものがある。

福島県の産婦人科医が癒着胎盤と前置胎盤を合併した患者を手術で救えずに、患者の遺族に訴えられた。

さらに警察が産婦人科医を逮捕するという前代未聞の国家権力による医療への介入が行われた。

この件は産婦人科学会や医師会も懸念を示し、裁判で逮捕された方は無罪となったが、そこから産婦人科を志望する学生が激減したことは想像に難くない。

 

医局制度の崩壊

初期研修が自由化されたこと医療崩壊を促進した要因だろう。

厚生労働省は肥大化していた医局の力を弱めるために、初期研修を義務化しローテート化した。

 

初期研修が義務化される前までは、医学部卒業後にいきなり◯◯大学医学部心臓外科教室といった医局に入局し、1年目から自分の志望する科に行くことができた。

 

また、研修医の給料は薄給で大学からは数万円という場合もあり、そのためアルバイト(他の病院での当直など)を行うことによって研修医はなんとか生きていた。

 

ここらへんの事情は漫画ブラックジャックによろしくに詳しく載っている。

 

医局制度の問題点と、医学部を卒業したばかりの研修医が病院で一人で当直バイトをするといった今では到底考えられない状況にメスを入れるべく厚生労働省は初期研修制度を改革することになる。

 

大きくいって2つの改革を行った。

・2年間の研修を義務化

・各科をローテーションさせる

ということである。

さらに研修医の給料を30万程度は確保するようにした。

このため、研修医は病院での研修に集中でき(アルバイトは禁止)、医学生は自分の意志で全国の市中病院、大学病院から自分の好きな研修先を選べるようになった。

 

厚労省の働きかけもあり、医局の力を弱めることには成功したが、医局の力を弱めたことによって弊害も出てきた。

 

医局の力が強かった時は、特定の地域で働く時に医局に入ることが必須のため医者は医局に入らなければならなかった。なぜなら、病院の医師は医局から派遣されるからだ。

 

医局人事は教授などが決めるため、誰も行きたがらないような僻地へも権力で医師を派遣できた。奉公の後は留学をさせたり、いい病院送るという見返りを与えて。

しかし、医局に入らない人間が増えてきたため、そのような僻地や過疎地の病院を医局の医師派遣でまかなうことが難しくなってきた。

 

僻地に行くくらいなら、自分で就職活動するといった医師が出てきたのである。

就職が自由化したのはインターネットの影響も大きいかもしれない。

 

さらにゆとり世代と言われる自分の人生を重視する世代が台頭し、これまでの昭和的な上下関係スタイルでは人をつなぎとめておくことが困難になったのである。

 

↓こういった転職サイトで自分の病院を見つけることも可能になった。

 

新専門医制度 

現在、弱まった医局の力を取り戻すべく新専門医制度というものが立ち上がっている。

これまでの専門医制度は心臓外科学会、産婦人科学会といったような各科の学会が独自の基準で専門医を認定していたが、これからはそれらを統一して客観的な基準で専門医認定しようということである。

こう聞くといいことのように聞こえるが、実際は専門医を取るためには基幹病院と言われる大病院を回ることが必須になったりして、実際には大病院への回帰が行われようとしているのだ。

 

基幹病院とはつまり大学病院を始めとした大病院のこと。

 

さらに、東京といった大都市は専門医の定員まで決める始末である。 

専門医の質を担保し、その価値を向上させるといった目的は忘れられ、医局復興したい勢力と各診療科、大病院による泥沼の権力闘争とかしてしまったのだ。

 

はてな匿名ダイアリーに書いてあったように、内科の新専門医制度は特にひどく専門医が取れるまでに6年かかる。初期研修を合わせたら8年間だ。

最短コースをたどっていたとしても、専門医を取得できるのは32才になってしまう。

これでは20代で子供がほしい女医さんが内科を敬遠しても誰も責めることはできないだろう。

 

↓新専門医制度についての問題点

anond.hatelabo.jp

 

医師の偏在

以下の記事にも書いたが、ほとんどの医学部は立地が悪い。

さらに、6年間の学生生活で不満がたまる場合も多い。

東京、神奈川、千葉といった首都圏、大阪、京都、兵庫といった関西圏の国公立の医学部の難易度は非常に高く、この地域で生まれ育っても泣く泣く学力的に地方の医学部に進学せざるを得ない人が出てくる。

そういった人は地方の医学部に住んでも、そこに定着することなく大都市へと回帰する。

 

これは医学生を責めてもしかたないだろう。若者が地方から流出するのは医学部だけの問題ではなく、その地域全体問題だからだ。

 

まとめ

いかがだっただろうか?

女医のキャリアパスに一石を投じた、「私が医療崩壊のトリガーになる未来」を紐解いていくと、女医だけにとどまらず日本の医療界の矛盾や歪みが見える。

医療界にとどまらず、あらゆる制度は一部のお偉いさんが決めるのではなく、現場の声を取り入れてほしいと切に願う。